伊万里がもっと好きになる!伊万里のご当地検定『伊万里コンシェルジェ検定』
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伊万里検定(中級編)

  1. 伊万里市の名誉(めいよ)市民第1号は次のうちだれでしょうか。

  2. 市街地の北側にあり、大坪町と黒川町(くろがわちょう)にまたがるなだらかな山容を見せている山は次のうちどれでしょうか。

  3. 江戸時代の肥前(ひぜん、佐賀・長崎県の大部分)の磁器が「伊万里焼」と呼ばれた理由は次のうちどれでしょうか。

  4. 伊万里市大川町と松浦町、武雄市にまたがる山で、八幡岳(はちまんだけ)の前にあることから名づけられたと考えられる秀麗(しゅうれい)な山は次のうちどれでしょうか。

  5. 伊万里市内で1番幹周りが大きな木は次のうちどれでしょうか。

  6. 伊万里地方や唐津市の上場(うわば)台地などのように、玄武岩(げんぶがん)という溶岩が地表を覆ってできた頂上部が平らな台地は次のうちどれでしょうか。

  7. 慶長(けいちょう)十六年(1611)に完成したと伝えられる松浦町桃川(もものかわ)のサイフォンの原理を利用して松浦川の川底をくぐらせる用水設備は次のうちどれでしょうか。

  8. 江戸時代に伊万里焼(古伊万里)は日本中に広まりました。天保(てんぽう)六年(1835)の記録に残る販売方法は次のうちどれでしょうか。

  9. 江戸時代に伊万里市山代町楠久津(くすくつ)は漁業のまちであったといいます。その楠久津の名物は次のうちどれでしょうか。

  10. 明治4年(1871)9月4日から明治5年(1872)5月29日までの約9か月間、現在の佐賀県と長崎県の対馬までを合わせた広大な県が置かれました。伊万里に県庁が置かれたので伊万里県といいます。その初代の権令(ごんれい、仮の県知事)は次のうちだれでしょうか。

  11. 江戸時代より前には、松浦党(まつらとう)一族の伊万里氏が伊万里町のあたりを治(おさ)めていました。そのころ、伊万里町のあたりは次のうち何と呼ばれていたでしょうか。

  12. 伊戦後、伊万里町付近では、大雨で、たびたび伊万里川の水があふれる水害がありました。水害を防ぐため、川幅拡張工事が行われ、伊万里町付近の伊万里川は、昭和40年以前のおよそ2倍の川幅になりました。そのきっかけとなった水害は、次のうち何年の水害でしょう。

  13. 伊万里市内の就業者数がもっとも多い業種は次のうちどれでしょうか。(平成22年度国勢調査)

  14. 伊万里市脇田町と木須(きす)町にまたがる農業団地で栽培されている農産物は次のうちどれでしょうか。

  15. 古伊万里通りの本町1丁目付近には、昭和40年代までは銀行が4つも隣接していました。その4つとは次のうちどれでしょうか。

  16. 平成23年(2011)で第3回目となった松浦鉄道のイベント列車「レトロン号」をつかっておこなわれるイベントは、つぎのうちどれでしょうか。

  17. 伊万里駅ビルのデザインは次のうち何をあらわしているでしょうか。

  18. 平成23年(2011)11月、国土交通省は、全国から応募された23の港湾の中から、伊万里港をある重要な港に選定しました。その選定とは、つぎのうちどれでしょうか。

  19. 安政(あんせい)五年(1858)に伊万里市大川内町岩谷(おおかわちちょういわや)で生まれ、昭和4年(1929)に衆議院議長になった政治家は次のうちだれでしょうか。

  20. 伊万里市伊万里町と二里町(にりちょう)にまたがる「八谷搦(はちやがらみ)」という干拓地(かんたくち)の地名の由来は次のうちどれでしょうか。